南麻布7丁目、六本木通り沿いのガソリンスタンドとビルの隙間。小屋さえも建たないほどの狭い三角形の土地。
塀だけがあって中は草の生えた空き地。その塀に施工時のプレートだけが残されている。
「1964年12月 施工 株式会社留岡組」とある。
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首都高建設にあたり、関連施設か何かがあった場所かも知れない…今は三角形の矮小地が残るだけ。ネット検索でもわずかに社名のみが分かるのみ。
株式会社留岡組は、首都高速3号渋谷線の建設に関わった建設業者の1つようだが1973年(昭和48年)12月1日 「東亜建設工業株式会社」に対し営業譲渡している。
果たして、このプレートが残る三角土地の周辺には何があったのだろう…調べても分からないと益々知りたくなる。時間が取れたら国会図書館にでも行って「首都高速道路公団 『首都高速道路公団20年史』」という書物で調べてみたいと思う。
よって、詳細はいずれ…ということで。