雑司ヶ谷鬼子母神堂

東京都豊島区雑司ヶ谷にある「鬼子母神堂」。

1561年に現在の文京区目白台にて掘り出された「鬼子母神像」を、1578年この雑司ヶ谷にお堂を建立して安置した。

その後1625年から社殿の造営が始まり、1646年に宮殿が寄進されからは、武士から庶民まで幅広く子育てや安産の神として信仰されている。

※鬼子母神像の作者や作られた年代は不詳。

雑司ヶ谷鬼子母神
雑司ヶ谷鬼子母神堂

江戸時代の大名家による寺社運営の実像を示す事例として平成28年に国指定重要文化財に指定された。

神様の像を祀っているが、日蓮宗の威光山 法明寺というお寺で、英訳では「temple」となる。

このお堂より古いものが、境内にある「大イチョウ」。応永年間の1394年~1428年の間に植えられたとされるこの銀杏の木は、樹齢600年以上、幹周8m以上、樹高30m以上の大木で、19世紀初頭から注連縄(しめなわ)を張るようになったと云われている。

また、同じく境内には老舗の駄菓子屋「上川口屋」がある。創業1781年ということで、江戸幕府では 第十代将軍 徳川家治 の時代から続く歴史ある駄菓子屋。店の女将さんと近所のお年寄りが世間話をしている風景が微笑ましい。

鬼子母神(カリテイモとも呼ばれる)とは…夜叉神の娘で多くの子を産んだものの、凶暴な性格故、近隣の幼児をとって食べるため人々から恐れられていたところを、お釈迦様の戒めで改心して帰依したことで角が外れた。お釈迦様に安産・子育ての神になることを誓い、仏教を守護する天部の一尊になったと云われる。

雑司ヶ谷鬼子母神は、鬼神であった頃のお姿ではなく、羽衣と櫻洛を身につけ、吉祥果を持ち幼児を抱いた菩薩形の美しいお姿をしているので、本来は「鬼」の字の一画目の「ノ」角(つの)のつかない字を用いて、

雑司ヶ谷鬼子母神

なのであるが、変換では出てこないため、手書きで書く必要がある。

法華経の守護神として、日蓮宗や法華宗の寺院で祀られることが多い。

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